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三次元の意識が拭えない
私たちの日常はモノで溢れ、手を伸ばせば欲しいものが手に入り、ある程度の物欲も満たされるが、そのモノへの関心が薄れると、また別のモノへと手を伸ばし、物欲を満たすための意識は際限なく働くのではないか。 私たちはある意味、それらの目に見えている情報に頼って生きているのかもしれない。昨日まであったモノが急に目の前から消えてしまったら不安になるだろう。逆に昨日まで見えてなかったモノが目の前に表れたらどうだろう。 「何だこれ!?」きっと最初は不安?驚き?の感情が先に立つのではないか?では、消えたモノはどこへ行き、見えてなかったモノはどこから来たのか!?、、、と、これこそが三次元的なモノの捉え方になっていることにお気づきだろうか。 「見える」「見えない」という表現は、肉眼での感覚。では、目を閉じた場合「見える」「見えない」という表現は当てはまるだろうか。目を閉じたら何も「見えない」というのが、恐らく一般的な人の感覚。 しかし、目を閉じても「見える」という感覚を持つ人がいる。その場合は肉眼で「見る」のではなく、脳裏の眼で「視る」と言われているようだ。...
孝二 松垣
2021年7月3日
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